大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)4869号 判決

原告 李時燦

右訴訟代理人弁護士 福島等

同 川名照美

被告 武藤敏夫

右訴訟代理人弁護士 内田達夫

同 山本忠美

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物及び同目録(三)記載の工作物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五四年三月一日から右明渡済に至るまで一か月金一万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外庄野寅吉は昭和四六年九月一日その所有にかかる別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を被告に対し普通建物所有を目的とし、期間二〇年の約定で賃貸した。

2  寅吉は昭和四九年一一月一日死亡し、訴外庄野淳之輔が本件土地を相続により取得したが、原告は、昭和五三年三月三〇日淳之輔から本件土地を買い受け、同年四月四日その旨の所有権移転登記を経由して本件土地の賃貸人の地位を承継した。

3  被告は、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物を所有していたが、その後本件土地上に別紙物件目録(三)記載の駐車場施設としての工作物を設置したうえ、右施設を訴外青木好男、株式会社海老喜商店、尾上照男に賃貸し、各々一台ずつの自動車を地上に駐車させ、もって本件土地を右訴外人らに使用させている。

4  被告の前記3の行為は賃貸借契約所定の使用目的に違反するものであり、かつ、無断転貸に該当するので、原告は昭和五三年六月五日被告に対し右の事由に基づいて本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

5  昭和五四年三月一日以降の本件土地の賃料相当額は一か月金一万二〇〇〇円である。

6  よって原告は賃貸借の終了を原因として被告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物及び同目録(三)記載の工作物を収去して本件土地を明渡すべきことを求めるとともに、昭和五四年三月一日から右明渡済に至るまで一か月金一万二〇〇〇円の割合による賃料相当額の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、本件賃貸借契約の目的が普通建物の所有のみであることを否認し、その余を認める。本件契約においては本件駐車場施設たる工作物の所有もその目的とされていた。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、被告が本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物及び同目録(三)記載の駐車場施設たる工作物を所有し、右駐車場施設を原告主張の訴外人三名に賃貸し、各々一台ずつの自動車を地上に駐車させていることは認めるが、その余は否認する。

4  同4の事実中、原告が昭和五三年六月五日被告に対し本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが、その余は争う。

5  同5については、一万〇三三五円の限度で認め、これを超える部分を否認する。

三  抗弁

1  賃貸人の承諾

(一) 被告の父武藤兼松は昭和二一年三月一日訴外庄野寅吉から本件土地及びその隣地(板橋区熊野町三七番一五)を期間二〇年の約で賃借し、その地上に建物を所有していたが、昭和四一年三月一日右賃貸借が更新された際、兼松の長男武藤芳雄が賃借人となり、前記借地につき寅吉との間に期間二〇年とする賃貸借契約を締結した。

(二) 兼松は昭和四四年二月一日本件土地及び隣地にまたがる借地上に車庫を建築し(右車庫のうち本件土地上にある部分が別紙物件目録(三)記載の工作物である。)、有料駐車場として使用しはじめたが、寅吉はこれを知りながら何らの異議も述べなかった。

(三) 昭和四六年二月四日兼松は死亡し、借地上の同人所有建物等について長男の芳雄と二男の被告との間で遺産分割をした結果、別紙物件目録(二)記載の建物及び同目録記載(三)の工作物は被告の単独所有となったので、その敷地である本件土地につき被告は寅吉との間で原告主張の請求原因1の賃貸借契約を締結した。

(四) その後本件土地の賃貸人となった訴外庄野淳之輔は昭和五二年四月一六日被告に対し、被告が本件土地上で有料駐車場を経営し収益をあげていることを理由に賃料の増額を請求した。

(五) したがって、本件土地上に駐車場施設を設けて第三者に賃貸することが仮に賃貸借契約で定められた土地の使用目的の変更又は賃借地の転貸に該当するものとしても、これについては当時の賃貸人であった寅吉及び淳之輔において、黙示的に承諾していたものである。

2  解除の意思表示の撤回

原告は本件契約解除の意思表示をした後、賃料として被告が法務局に供託していた金員の還付を受け、もって右契約解除の意思表示を撤回した。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実中、武藤芳雄と庄野寅吉との間に被告主張の賃貸借契約が締結されたことは認めるが、その余は不知。

(二) 同1(二)の事実中、兼松が昭和四四年二月一日本件土地及び隣地にまたがる借地上に別紙物件目録(三)記載の工作物を含む車庫を建築し、有料駐車場として使用しはじめたことは不知。その余は否認する。

(三) 同1(三)の事実は、被告と庄野寅吉との間で請求原因1記載の賃貸借契約が締結されたことを除き、その余は不知。

(四) 同1(四)の事実は不知。

(五) 同1(五)の事実は争う。

2  抗弁2の事実中、原告が被告主張の供託金(ただし、昭和五三年六月六日から昭和五四年二月末日までの分)の還付を受けたことは認めるが、これは損害金に充当するため還付を受けたものであって、賃貸借契約解除の意思表示を撤回したことにはならない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  訴外庄野寅吉(以下「寅吉」という。)が昭和四六年九月一日その所有にかかる本件土地を被告に対し期間二〇年の約定で賃貸したこと、寅吉は昭和四九年一一月一日死亡し、訴外庄野淳之輔が本件土地を相続により取得したこと、原告が昭和五三年三月三〇日庄野淳之輔から本件土地を買い受けたうえ同年四月四日その旨の所有権移転登記を経由して本件土地の賃貸人の地位を承継したこと、被告が本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物及び同目録(三)記載の駐車場施設たる工作物を所有し、右駐車場施設を原告主張の訴外人三名に賃貸し、各々一台ずつの自動車を地上に駐車させていること、原告が昭和五三年六月五日被告に対し本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、右契約解除の理由は、要するに、本件土地のうち別紙物件目録(二)記載の居宅の建付地を除くその余の空地部分を貸車庫として使用しているのは賃貸借契約に違反する、というにあることが看取される。

二  そこで、以下、右契約解除の効力について判断する。

1  使用目的違反の主張について。

被告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる乙第一一号証(賃貸人庄野寅吉、賃借人被告間の昭和四一年三月一日付け本件土地の賃貸借契約証書)には、「本賃貸は普通住宅店舗木造又は堅固なる建物を以て目的とする。」との記載があるけれども、《証拠省略》を総合すると、被告の父武藤兼松(以下「兼松」という。)は、昭和二一年三月一日訴外庄野寅吉(通称庄野元章)から本件土地及びその隣地(現在、板橋区熊野町三七番一五)を住宅兼工場の建物所有を目的とし期間二〇年の約で賃借し、その地上に居宅及びやすり目立て工場を所有していたが、その後居宅を増改築してこれを長男芳雄の所有名義とした関係上、昭和四一年三月一日右賃貸借が更新された際に芳雄が賃借人となり、前記借地につき寅吉との間に期間二〇年とする賃貸借契約を締結したこと(右賃貸借契約が締結された事実は当事者間に争いがない。)、兼松は昭和四四年二月一日、本件土地及び隣地(現在の三七番一五)にまたがる借地上にコンクリートブロックを敷き、鉄骨柱を建てたうえ、ブロック塀を左右の外壁に利用し、上部に亜鉛メッキ鉄板の屋根をかぶせた床面積九二・五六平方メートルの車庫(建物とはいえないが、建物に類似する構築物)を建築し、間もなく右車庫を有料駐車場として使用しはじめたが、付近に居住している地主の寅吉は、右の事実を知りながら、これに対し何ら異議を述べなかったこと、昭和四六年二月四日兼松は死亡し、借地上の同人所有建物等について相続人である長男の芳雄と二男の被告との間で遺産分割をした結果、別紙物件目録(二)記載の建物及び前記車庫のうち本件土地上にある部分(この部分が別紙物件目録(三)記載の工作物である。)が被告の単独所有となったので、その敷地である本件土地につき被告は昭和四六年九月一日寅吉との間で賃貸借契約を締結したものであること(右賃貸借契約が締結された事実は争いがない。)が認められ、以上に認定したところによると、寅吉は、従来兼松によって駐車場施設として建築使用されてきた前記車庫の一部が本件土地上にある状態のまま被告との間に本件土地の賃貸借契約を締結したものであり、しかもその際に右車庫について何らかの留保を付し又は異議を述べた事跡は見当たらないから、契約書の前述のような記載にもかかわらず、駐車場施設たる建物又は建物類似の構築物の所有もまた右賃貸借契約の目的とされていたものと解するのが相当であり、他にこの認定を覆えすに足りる証拠はない。

そうすると、被告において本件土地上に駐車場施設たる工作物を所有していることが賃貸借契約で定められた土地の使用目的に違反するとの原告の主張は、失当であって、採用することができない。

2  無断転貸の主張について。

民法六一二条が賃借人のする転貸を賃貸人の承諾のない限り許さないとする趣旨は、転貸によって目的物につき転借人が独立の占有を取得し目的物の使用方法の変更をもたらすおそれがあること、賃借人が目的物の使用収益について直接的な関与をしなくなることから賃料の支払についても賃貸人の期待に反する結果が生じやすいことなど転貸借によって賃貸人の側にもたらされるおそれのある不測の不利益を防止しようとするにあるものと解される。

そこで、第三者に対する前記駐車場施設の賃貸がその敷地の転貸に該当するかどうかについて考えると、右駐車場施設は、前記のとおり本件土地上にブロックを敷きその上に柱、左右両側の壁、屋根などを設けた建物類似の構築物たる車庫であり、また右駐車場施設の賃貸借契約の内容も単に自動車を駐車するだけの使用を目的とするにとどまり、それ以上に出るものでないことが弁論の全趣旨によって認められる。右認定の事実によれば、右駐車場施設の賃貸借は地上建物の賃貸借に準じて考えることもできるものであり、これによってその賃借人に施設の敷地である本件土地について施設の所有者である被告の占有と別個に独立の占有を得させるものではなく、本件土地自体の使用関係は右賃貸の前後を通じ変わらないことが明らかであるから、第三者に対する本件駐車場施設の賃貸をもって本件土地の転貸に当たるものと解することはできず、この点に関する原告の主張は理由がない。

三  以上のとおり、本件賃貸借契約の解除原因に関する原告の主張は、いずれも採用し得ないので、原告のした契約解除の意思表示は、その効力を生ずるによしなく、右解除が有効であることを前提とする原告の本訴請求は、失当として排斥を免れないものである。

よって、本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤浩武)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例